【花咲くいろは】湯涌ぼんぼり祭りはもはや伝統行事となった

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石川県の山間部に小さな温泉街があります。

わずか8軒のお宿が並ぶ静かな温泉街「湯涌温泉」。金沢の奥座敷とも言われる、知る人ぞ知る名湯です。開湯から間もなく1300年という長い歴史を持つ温泉街です。

そんな静かな温泉街が、近年「ぼんぼり祭り」というお祭りをきっかけに、多くの観光客を集めるようになりました。

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出典:第七回湯涌ぼんぼり祭り

この「ぼんぼり祭り」は、もともと『花咲くいろは』というアニメーション作品のなかで描かれたフィクションのお祭りがルーツでした。フィクションの世界で描かれたお祭りが2011年に現実のものとなってから、2018年で8回目の開催となります。

花咲くいろはとぼんぼり祭り

出典:第七回湯涌ぼんぼり祭り

2018年ぼんぼり祭りポスター

出典:第8回湯涌ぼんぼり祭り点灯式

虚構のはずだったお祭りが現実世界で再現され、なおかつ、多くの人々に支持されて、毎年開催されているのです。しかも、2011年に初めて催行されて以来、毎年、順調に参加者が増えているというから驚きです。

アニメーション作品とのタイアップで観光客の誘致を図る自治体は多いですが、「ぼんぼり祭り」ほど綺麗な成功を収めた(収め続けている)事例は、非常に珍しいと言えるでしょう。アニメーション発祥の催事が何年も続く、このような事例は全国的に見てもきわめてまれです。

なぜ人気が失速すること無く、毎年、大盛況を収めているのでしょうか。

北陸地方の地域振興に大きな活力を与えたくれたぼんぼり祭り。今回は、そんな「ぼんぼり祭り」の軌跡を振り返ってみたいと思います。

花咲くいろはとぼんぼり祭り

2011年の4月から9月にかけて放送された『花咲くいろは』。


女子高生たちの青春ドラマに「お仕事・働く」という要素を加えた良質なアニメーションとして世に出たこの作品は、多くのファンを生み出しました。

制作会社のP.A.WORKS(以下、ピーエーワークス)の10周年記念として、完全オリジナルのアニメーション作品として生み出されたのがこの作品だったため、相当気合いを込めて作られた作品であることは言うまでもありません。

そんな『花咲くいろは』の主人公の松前緒花(まつまえおはな)が働くことになったのが、架空の「湯乃鷺温泉」(ゆのさぎおんせん)という温泉街でした。

そのモデルとなったのが石川県金沢市の湯涌温泉街です。金沢市から車で数十分、中山間部にあることから定住人口は100人にも満たない、とても小さな温泉街です。

湯涌温泉

『花咲くいろは』の制作会社であるピーエーワークスは本社が富山県ということともあり、湯涌温泉にとても近い場所に位置しています。

地図で見るとよくわかりますが、本社スタジオから、車でわずか40分程度の位置関係。

ピーエーワークスは地元に密着した取り組みを行っていることでよく知られたアニメーション制作会社です。こうした立地関係もあり、作品の舞台として湯涌温泉が選ばれたものと思われます。

「湯涌温泉を作品の舞台にしたい」とピーエーワークスから声をかけられた、観光協会の山下新一郎さんは当時のことを次のように語っています。

――「花咲くいろは」に関わるきっかけは
 放映の約1年前の2010年2月ごろ、制作会社のピーエーワークス(富山県南砺市)から「作品の舞台にしたい」と観光協会に声がかかりました。当時、青年部の代表だった私のところへ話が回ってきたのです。個人的にはアニメはあまり見る方ではなく、昔見た「サザエさん」が最後だったと思います。
 ――協会では、どう受け止められたのですか
 放映前なので、内容が少しでも漏れてはまずいということで、一部の人にしか知らされなかったのです。最初は正直、「うさんくさいな~」とも思いました。でも、「力を入れて作る」と言われ、制作会社の熱意に押されました。私たちも温泉利用者が年10%の勢いで減っていたので、現状を変えるために何かしたいという思いもあったのです。
 ――不安は
 それはもうたくさん。アニメの舞台になった他の地域では、ファンと住民の間でトラブルがあることも耳にします。湯涌は元々年配の常連客が多いところ。そこへいわゆる「アニメオタク」が来るようになると、客同士のトラブルが起きないかや、逆にそういった若い人たちにここが受け入れられるのか、など。
朝日新聞(この人に聞く)湯涌温泉観光協会副会長・山下新一郎さん /石川県 より引用

ぼんぼり祭り開催まで

まず最初に大きな動きがありました。それが2011年4月のイベントです。

放送が始まって間もなくのこと。『花咲くいろは』とタイアップして、湯涌温泉が実施したイベントが想像以上の反響を呼んだのです。

「アニメ効果は絶大」と語るのは、湯涌温泉観光協会の大田忠吉事務局長。4月に行ったイベントでは、開始の5時間前からファンが長い列をつくった。同協会は5月から、石川県内の各地を背景にした登場人物のポスターを5枚1組で販売。2000組が約3カ月で売り切れた。中には1人で10組以上購入した人もいたという。同協会の9旅館の今年7、8月の宿泊者数は、前年に比べ26%増えた。宿泊客はこれまで県内の人が約6割を占めていたのが、逆転して県外の人の割合が高くなったといい、大田事務局長は「アニメで『湯涌温泉』の知名度が全国的に上がったため」とみている。
毎日新聞『’11記者リポート:「花咲くいろは」 ご当地アニメ、効果絶大 /石川
2011.09.19 地方版/石川 21頁』より引用

次いで、その年の夏。作品の放送も中盤から後半にかかった頃、たくさんのファンが聖地である湯涌温泉を訪れました。この結果、湯涌温泉の観光客を前年比で5%も増やすという大きな経済効果を生み出しました。

2011年は東日本大震災という大きな災害に見舞われた年だったため、日本中の温泉街の観光客が減ったにもかかわらず、小さな温泉街が観光客数を伸ばすというなんとも珍しい現象が発生したのです。2011年、石川県内の温泉地では唯一客足を伸ばしたということがわかっています。

当時の湯涌温泉の様子を、8月10日付けの日経新聞は次のように報じています。

湯涌温泉は金沢市の中心街から車で約20分と近く、金沢の奥座敷といわれる。「花いろ」の主人公が働く旅館は実在しないが、登場する街並みを求めて訪れるファンは多い。旅館「あたらしや」は日帰り入浴とランチの客が増えたほか、週末はファンとみられる若い男性客が3~4組ほど宿泊するようになった。旅館9軒、収容人数が約400人の湯涌温泉にとって、花いろ効果は小さくない。宿泊と日帰りの合計客数は東日本大震災が発生した3月に前年同月比15・4%減に落ち込んだ。5月に同8・5%増、6月に同1・0%増と回復した。
日本経済新聞『観光客増、アニメ一役、「花咲くいろは」、舞台は湯涌温泉、ピーエーワークス制作。』2011/08/10 日本経済新聞 地方経済面より引用

全国紙の地方面で大きく取り上げられていることがわかります。具体的な数値として観光客の増加が指摘されています。ファンのパワー、恐るべし。

ここで注意しておかないといけないことがあります。アニメの放送とともに、ファンがモデルとなった地域の観光に訪れる、「聖地巡礼」そのものは2011年当時、それほど珍しい現象ではありませんでした。

2011年の時点で「秩父市」「久喜市」「聖蹟桜ヶ丘」「和歌山県御坊市」「長野県大町市」など、すでに聖地巡礼で多くの観光客を集めている先例は数多くありました。

『花咲くいろは』の本当にすごいところは、ムーブメントを一過性で終わらせなかった点にあります。

第1回ぼんぼり祭りが開催

地元側からの要請により、ついに現実のものとなる機運が高まったぼんぼり祭り。

2011年の7月に行われた、ぼんぼり点灯式には500人が参加。10月に開催されたぼんぼり祭り(お祭りの本番)では、なんと5000人もの観光客が湯涌温泉を訪れました。

ぼんぼり祭りは、神社から道に沿って「ぼんぼり」を吊るし、そのぼんぼりの下にのぞみ札という願いを書いた札をつるします。これが神社に住まう神様の道しるべとなり、その灯りが神様を導くというものです。

ぼんぼり祭の様子

出典:第七回湯涌ぼんぼり祭り

もともと舞台となる湯涌稲荷神社には、ぼんぼり祭りといったお祭りはありませんでした。アニメの中の完全な虚構のお祭りだったのです。

虚構のお祭りを現実のものとするために、地元の観光協会と制作会社ピーエーワークスがタッグを組み、作中の祭りを丁寧に再現したことが語られています。

以下は、朝日新聞社によるぼんぼり祭り実行委員長の山下新一郎さんのインタビュー記事です。

湯涌温泉観光協会が、制作会社と検討を重ね、ファンの声も参考に準備した。湯涌ぼんぼり祭り実行委員長の山下新一郎さん(40)は「アニメ目当ての一過性の祭りにするつもりはなかった。ファンの方の思いも大切にしながら、新しい地域の祭りとして育てていきたい」。(週刊まちぶら 第189号)湯涌温泉 金沢市 アニメが変えた奥座敷 /石川県 より引用 

――なぜ、湯涌ぼんぼり祭りの開催を
 作品の中でぼんぼり祭りは、神様が出雲へ帰る時、道に迷わないよう明かりを灯(とも)し、そのお礼に願い事をかなえてくれる、という話です。これを作品のクライマックスに持ってくると聞き、良い話だなと思い、実際にやってみたいと考えたのです。最終回放映の翌週の昨年10月に第1回を開いたので、準備はアニメ制作と同時進行でしたね。気をつけたのは「声優を呼ぶようなアニメイベントにしない」ということ。イベント臭は一切排除し、伝統的なお祭りとして定着してほしいという思いからです。
 ――アニメの舞台として注目される中で気をつけていることは
 協会としてポスターなどは作っていますが、個々の店では、アニメにちなんだツアーを組むとか名刺を作るとかアニメに乗っかった商売はしない、ということです。温泉地としての本質を見失わないためです。今後も、多くの人に湯涌温泉を知ってもらい、来てくれたお客さんに安らぎを提供できる場にしていきたいです。
朝日新聞(この人に聞く)湯涌温泉観光協会副会長・山下新一郎さん /石川県 より引用

こうした記事からもわかるように、ぼんぼり祭は、伝統的なお祭りとして定着させることを徹底的に意識して作られたものであることがわかります。

一過性で終わらせないために

単なるアニメファンのためのイベントとして終わらせるのではなく、「本当のお祭り」の勢いで作られたぼんぼり祭りは、以下のような特徴を持っています。

  • ファンのためのイベントではない
  • ファンに対して特別なサービスがあるわけではない
  • 地元の伝統あるお祭りという体で構想されている
  • アニメ色は排除して作られている
  • 『花咲くいろは』を知らなくても楽しめる
  • 地元の人が参加できるような仕組みがある

昼間は露店やグッズ販売。夜は壮麗な行列が行進し、のぞみ札を焚き上げるという神事が執り行われる・・・。何も知らない人がこのお祭りを見れば、地域の伝統的なお祭と勘違いしてもおかしくはないでしょう。なにしろ神職まで登場し、本格的に祈祷が行われるくらいです。

実際に、アニメ発祥の祭りであるということを知らずに、参加する方もいらっしゃるそうです。

加えて、地域の祭りとしての色を濃くしていくため、地元の方が演奏をしたり、歌を歌ったりという演目が取り入れられています。金沢学院高等学校の和太鼓演奏などはその最たるものでしょう。

地元の人々の発表の場、交流の場、といった側面を強くすることで、地域のお祭りという印象はさらに強いものになっていきます。

アニメファンのみを対象としたミーティングのようなイベントは、瞬間的な集客力はありますが、継続的な集客は難しい。ぼんぼり祭りは、あくまでも地元の祭りという立ち位置で開催することで、この課題をクリアしています。 

アニメのファンから地域のファンに

『花咲くいろは』は、温泉街の旅館をテーマにした作品ということもあり、ファンたちは必然的に宿に泊まることになりますよね。

大好きなアニメの舞台で温泉に入るわけです。そんな夢心地の状態で「金沢の奥座敷」の一級のおもてなしを受けたわけです。ここで多数のリピーターが誕生しました。

温泉街でゆっくりと過ごす

山あいの静謐な土地柄も多くのファンの心をがっちり掴んでいるようです。

実際、金沢市街とは少し距離があるため、周囲は山や田畑だらけ。そんな日本の原風景を抱えた湯涌温泉は、多くの人々の心に響いたようです。

「アニメがなければ石川に来なかった」、「すごく良いところだったから、また来る」――。同事務所にある、ファンが記念に寄せ書きするノートには、そんな言葉が並ぶ。ノートは現在3冊目。全国から訪れたファンが書き込み、中には韓国語や中国語もあった。
 湯涌温泉で、石川を訪れたのは2度目という、東京都の大学生の男性(20)に会った。「アニメで見た場所と現実が一致すると感動する。作中の風景は美しいが、実際の風景もよかった。アニメがなければ石川県に来ることはなかった」と、興奮気味に語った。
毎日新聞『’11記者リポート:「花咲くいろは」 ご当地アニメ、効果絶大 /石川
2011.09.19 地方版/石川 21頁』より引用

『花咲くいろは』による地域振興が成功した要因として、ファンが宿泊し滞在することのできる場所があった(作品の舞台が温泉街なので当然宿泊することができる。しかも湯涌温泉という上質な観光地だった)という点も忘れてはいけませんね。

年々増加する参加者

あくまでの地域の伝統の祭りとして作り上げられたぼんぼり祭り。そうしたこだわりが功を奏したのか、毎年開催するたびに参加者が増えていることが明らかになっています。リピーターだけでなく、新規の参加者も増えているようです。

以下、参加者の推移です。※人数は、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞などを参照しました。

ぼんぼり祭り参加者数の推移

きれいに参加者が増加していますよね。息切れするどころか、毎年、参加者が増えるという立派な催事に成長しました。

アニメーション作品が発祥の取り組みで、これほど息が長いものは、ほかには『らき☆すた』『ガルパン』くらいでしょうか。

金沢市も本気

このぼんぼり祭りに対して、いかに金沢市が本気を出しているかがわかるエピソードとして有名なのが毎年組まれている予算です。平成29年度は、その額にしてなんと300万円!ファンの間でしばしばネタにされています。

300万円という額が適正なのか否か、それはここでは論じませんが、ぼんぼり祭りは行政にもしっかり認知されているということです。

ぼんぼり祭りの予算

湯涌ぼんぼり祭り開催費  3,000千円
アニメと連携した誘客促進イベントを開催

金沢市予算概要(当初予算及び補正予算)のうち経済、農林部門より引用

市長が挨拶に来る

また、金沢市がぼんぼり祭りに本気であるというエピソードとしてよく挙げられるのが、市長がお祭りに挨拶に来るという点です。

毎年金沢市長が直接祭りの現場にやってきて挨拶をするのが恒例となっています。アニメ発祥の行事としては異例中の異例です。

2017年の挨拶では、市長の山野さんが下記のように語り、観客からは歓声が上がっていました。

「ぼんぼり祭はわたしが市長になってから始まりましたし、わたしの市長の歴史そのものだというふうに思っています。(ぼんぼり祭りを)ずっと続けていきたいな、そんな思いをしているところであります。ぜひまた来年もこの場でみなさんとお会い出来ればと思います」

ぼんぼり祭りは、市長としての歴史そのものと言い切ったその気っ風の良さに多くのファンが心を奪われたことでしょう。山野市長、これからもがんばってください。

まとめ

ここまでぼんぼり祭りの軌跡を振り返ってきました。ぼんぼり祭りが長期間に渡って支持されている背景には、地元のお祭りとして末永く愛されるものにしようとする、多くの人々の見えざる努力があったのです。

とりわけ重要だったのが、それぞれの役割の住み分けです。

地元は何をすべきなのか。制作側は何をすべきなのか。それぞれの側が本業を意識して、自分たちにできることに取り組んできた結果、双方にメリットがある関係が構築できたのです。

地元(湯涌温泉)としては『花咲くいろは』というコンテンツを尊重しつつも、アニメファンだけに偏重したサービスは行わなかった。(あくまで普段通りの接客、普段通りのサービス、あくまで地域の祭り)

制作側(ピーエーワークス)としては、コンテンツの管理といった業務(各種ライセンス等)に徹した。(地元に対して無理な要求をしなかった。あくまで主役は地元)

花咲くいつか

将来的には「ぼんぼり祭りってアニメ発祥だったの?」と言われるくらい、地域に根付いたお祭りになることを狙っているそうです。

アニメから始まったお祭りですが、いつしか因果関係が逆転し、ぼんぼり祭りからアニメ『花咲くいろは』という作品が生まれた・・・、という文脈に変わっているかもしれませんね。

実際、地元の子どもたちにはとても身近なお祭りになっているそうです。お祭りの発祥が現実なのか虚構なのかということはもはや関係ありません。

どんどん歴史を重ねるうちに、虚構が現実を塗りつぶし、本物の伝統になっていく・・・。そんな日がいつかやって来ると面白いですね。