人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人

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3歳くらい年下の後輩が「良いところ」に内定をもらった。それは、ぼくが第1志望だった企業。彼は何年か浪人したり留年しているので、正確な年齢は思い出せないけど、ぼくよりは年下だ。

彼とはずっと同じサークルで活動していた。結構仲が良くて、一緒に旅行にも行ったし、一緒に映画も観たし、部室でマリオカートを遊んだりもした。

一緒にいたときは、そんなにすごいヤツだと思ったことはなかった。でも、きっと彼はぼくの知らないところで、彼なりの努力を続けていたんだろうな

ぼくもいっぱい努力したんだけどな。そう考えると悔しくて悔しくてたまらない。地団駄を踏みたくなる。

墨汁的心

 共通の知人から彼の内定の知らせを聞いたとき、ぼくの心は真っ黒な墨汁に塗りつぶされたみたいになった。素直におめでとうを言えば良いものを、結局そのときは何も連絡しなかった。

墨汁的心

向こうからしたら、嫌な先輩だよな。

「悔しい悔しい悔しい。同じ環境で、同じ学部で、同じような勉強をして。しかも同じサークル活動をしていたのに。容姿だって似たような背格好なのに。なんで留年して浪人した彼が◯◯◯から内定を貰えたんだろう

そんな醜い考えが、雷光のように頭のなかを走ったのだ。

くだらない。くだらないのはわかっている。社会人にもなって、いつまで就職活動のことを引きずっているのだ。でも、第一志望だったんだよなあ。普段は無気力なぼくが、どうしても入りたかった、第一志望。どうしてもやってみたい仕事だった。選考で落ちたとき、ぼくは泣いた。

就職活動で悔し泣きしたのは、あのときだけ。悔しかったな。本当に悔しかった。布団のなかで涙がポロポロ流れてきたくらい。水色の枕カバーがびしょびしょになって、紺色になった。

それくらい入りたかった。いやあ、内定欲しかったよ。ほんとに。

それくらい入りたかった企業に、親しい後輩が内定をもらった。いやあ、苦しいよね。素直におめでとうなんて言えなかったよ、ぼくは。言えるわけないんだよ。身近な人間だからこそ、余計に嫉妬しちゃうんだろうな。

そこがぼくの人間として弱いところなのだろう。

同じ顔

しばらく忘れていたのだが、運命とは皮肉なもので、彼と食事をすることになった。できれば会いたくなかったよ。顔も見たくなかった。

池袋のちいさな洋食屋さんで一緒にパスタを食べた。彼は全然変わってなかった。ぼくは彼にアマトリチャーナをごちそうした。ちなみにぼくはミートソース。

「◯◯◯から内定もらったらしいじゃん!おめでとう」
初めておめでとうを言った。さも気にしてないようなふりをして、上辺だけのおめでとうを言った。気にしてないアピールをしたかったんだ。つまらないプライド。

 

「ありがとうございます。ぽらりすさんは最近お仕事どうですか?」

なんでぼくは内定がもらえなかったんだろう。なんで彼なんだろう。パスタをくるくるとフォークで巻き取りながら、ずっとそんなしょうもないことばっかり考えていた。ゴミみたいな味のするパスタだった。

人と他人を比べたがる自分、そして勝手に絶望してどんどん渇いていく自分。情けなくて、自分が嫌になった。

まあ、そんな他愛もない話が続いた。話していても、良い気はしなかった。そりゃそうだ。

同じ学部で、同じ専攻で、同じサークル。しかも、彼とぼくとは顔と体型まで似ているから驚きだ。メガネをかけてひょろっとしていて、いかにも弱そう。ふたりとものび太くんみたいな見た目なのだ。

なんでだろうな。同じ顔なのに。どこで差がついたんだろう。なんで彼は内定を貰えて、ぼくは貰えなかったんだろう。

でも、どこで差がついたのか、その答えがようやくわかる瞬間が来た。

人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人間

パスタを食べ終わる頃、彼はこう言ったんだ。

「それにしたって、ぽらりすさんにはいっぱい良いところがありますからね。いつか一緒に仕事しましょうよ。ぽらりすさんは着眼点が普通の人とは違うから、雑誌とかで連載を持ったり、フリーライターになったりしたらどうです? そうだ、ブログとか始めたりするのはどうですか? きっと人気が出ると思いますよ

さすがにドキッとした。ああ、全部、見透かされていた。そして恥ずかしくなったよね。

こいつは俺のことを買いかぶり過ぎなんだよ・・・。

(もうブログはとっくに書き始めてるよ。なんならもうすぐ4ヶ月目だよ。でも別に人気は出てないよ。着眼点だって凡庸だよ)
そう思った。とにかく恥ずかしくなったんだ。

くだらない社会人になってしまったぼく。後輩に嫉妬するぼく。しょうもないブログを書いているぼく。

でも、そんな惨めなぼくに、彼は熱いエールを送ってくれたのだ。

「ぽらりすさんは着眼点が人とは違うから、ブログを始めたらどうですか? 人気が出ると思いますよ」(エコーがかかった声)

強い口調で、そう言ってくれたのだ。なんて良いヤツなんだろう。ああ、彼の期待に応えられるような人間になろう。強く、そう思った。

そうか、彼とぼくとの違いはここにあったんだなあ。









しずかちゃんのパパが言っていたのはこういうことだったんだ。
彼こそが、ホンモノののび太くんだったんだ。